幸せな時間を語り尽したモンテーニュ風の随想禄「マルクは絵を描く」の著者、二木孝さんに聞く

「マルクは絵を描く」の著者、二木孝さん
マルクは絵を描く|二木孝/著
  • マルクは絵を描く
  • 二木孝/著
  • 四六判 160ページ
  • 上製本
  • オフセット印刷
  • 制作部数:300部

二木孝(ふたぎ たかし)プロフィール

  1. 秋田県生まれ/慶應義塾大学経済学部卒業/1982年外務省入省
  2. 外交官として在ザイール大使館(文化広報担当)、在フランス大使館(政務担当)、在セネガル大使館(経済協力担当)で勤務した他、国際交流基金パリ日本文化会館事務局長を務め、現在は外務省大臣官房儀典官室勤務

本書は「杢兵衛の夢物語、半世紀を生きて」と「マルクは絵を描く、香りを求めていた頃」の二部作になっています。両編に共通して流れるテーマは、「幸せとは何か」と、その幸せに結びつく「香り」について語ることです。

私は仕事柄(外務省勤務)、これまで延べ九年のフランス勤務、四年のアフリカ勤務の他、ヨーロッパを初めとする数多くの異国を滞在する機会を得ました。異国体験をする上で、大変であり、かつ興味深かったことは、まったく土壌の違う他民族を理解するということ。しかしそのためには、ソクラテスも語っているように、自分という人間をより深く掘り下げてみなければなりません。非常に単純なことではありますが、この真実を突き詰めるために、私は自分の過ぎ去った時間、大げさに言えば、歴史というものを本書にまとめてみることにしました。

もっとも私は秋田の田舎の出身のせいか、雄弁なタイプではありません。本当は小説を書けると良かったのでしょうが、物語を紡ぎ出す才能もあまり持っていません。自己流ではありますが、ある意味日記のような、また小説のような、両者の中間のような独自の世界。ちょっと僭越ですが、めざしたのは独自の世界観を持っているモンテーニュの「エセー(随想録)」みたいなものです。私に書けるのはこれだろうと思っていましたけど、完成した本を読んでみて良くも悪くも私らしいものになったのではないでしょうか。

秋田の大自然と母語である秋田弁こそが私の基礎

第一部の「杢兵衛の夢物語、半世紀を生きて」は、フィクションも交えた私の過去の物語。私の父は生前、地元秋田の神社の由来等を調べたものの、書物として書き残すことができなかったという話を母から聞きました。本編は父がなしえなかったことを私が代わりにやり遂げるという意味もありました。

また、本編には随所に秋田弁が出てきます。これは、母に対する私なりの感謝の気持ちです。母は小学校に上がる私に、卓袱台の上で私に書き方を教えてくれた、言うならば「私に言葉を教えてくれた恩人」であります。私にとって秋田弁とは、文字通り母の言葉。母語は人格を形成するといいますが、私にとって根っこの言葉であり、魂を持った存在でもあります。私のルーツを語るにはやはり、秋田弁ではならなくてはならないという思いで書きつづりました。

私の原風景である岩見三内の大自然──太平山や、岩見川、こうした自然とその香りが主人公である杢兵衛に与える影響を考察することで、私たち日本人が持っている最も大切な資質は、人や自然に対する「優しさ」や「愛」であることを再認識させられます。「杢兵衛の物語」は、岩見三内や秋田県人のみならず、私と縁のあった多くの人々が、これからもそうした優しさを持ち続けてくれることを祈念する祈りの書とも言えます。

海外で出会ったワインという素晴らしい飲み物

「マルクは絵を描く」は、父が生前夢に描いていたという異国体験を実際に体験した私の心象日記になります。八年間での海外生活の後、日本での私の日常生活は大きくその性質を変えました。生きるということは時間が過ぎること。しかし生き甲斐のある人生とは何だろうか、と自問した後で気がついたのが、海外での生活が感動に満ちていることを示す一枚の家族の写真でした。異国生活で私は妻と出会い、結婚し、子供が誕生し、家族を持ちました。その幸せな生活を象徴する異国の香りとしてワインの存在は欠かすことができません。

歴史的に見てもワインというのは、健康のために薬として飲用された時代がある飲み物です。フランスでは、「ワインは人間にとって必要な水」とよく言われ、また、ヴィクトル・ユゴーは「神は水しか造らなかったが、人間がワインを造った」と語っておりますが、神の恩恵である自然と人間の叡智の結晶がまさにワインとも言えます。因みに、フランスにはオ・ド・ヴィ(生命の水)というアルコール度の高い飲み物まであります。

海外においてワインはこうした人間の精神性に基づいた飲み物であり、人間と同じようにそれぞれの個性があります。ワインを飲むということは、神のいたずらとも偶然ともいえる自然環境から生まれる葡萄の渋み、熟成を通じて生まれる甘み、さらには、作り手の愛という微妙な「ふりかけ」によって誕生した創造物を味わうことであり、それは人との邂逅、人生そのものを玩味することにも似た楽しみがあります。

そして何より私が言いたいのは、そんな素晴らしいワインを味わう時間を共有する人に巡り会えた幸運。フランス語で「幸福」は、「ボヌール(bonheur良き巡り会いの運)」と書きます。私が本書で訴えたかったのは、まさにこのことです。つまり、私がこれまで過ごしてきた幸せな時間が幸運なる巡り会いであること。「杢兵衛の夢物語」の中での少年時代の秋田の素晴らしい想い出の時を、「マルクは絵を描く」の中では青年時代の幸せな時を語り尽くしたといえるでしょう。格好良くいいますと、「私はこのような幸せな巡り会いをしました。あなたは、どうですか?」ということですね。

オフセット印刷による高級な質感が私の望みを叶えてくれた

本書はオフセットタイプの上製本で作ってもらいました。完成した本は市販の書籍と遜色のない仕上がりで、知人のジャーナリストは外見については合格点をつけてくれました(笑)。カバーデザインも私の意図をくんでいただいて、とっても満足しています。

書籍というのは、いうならば総合芸術ですからね。印刷の美しさ、装幀デザイン、紙の質感や肌触り、インクの香り等々が混ざり合って一冊の重みが出てきます。その意味で、やはりオフセット印刷にして良かったと思っています。予算的にも300冊を越えるとオンデマンド印刷とオフセット印刷の価格は変わらなくなると聞きましたしね。

私はこれまで全国各地の高校で自分の海外体験を語るという講演活動をしてきましたので、自分の郷里の人や知人関係だけでなく、私の話を聞いて私に興味を持ってくれた人に本書を購入してほしいと考えています。